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50代の日常

半世紀生きてるオバサン

ボケるとトラウマが発覚する

昨年、私の父は色々大変で、もうこのまま介護まっしぐらになるのではと思うほど危なかった。

年明けて、無事に83歳の誕生日を私と、妹の家族と迎えて、昨年申し込んだ介護認定調査でもめでたく「介護必要なし」との判定になりそうだ。何が原因になったかというと、平たく言えばジジイ同士の人間関係によるストレスだ。

80過ぎてもそんな事で命の危険に関わりそうになるのもどうかと思うが、80過ぎても傷ついたメンタルから回復出来るんだー!というのにも結構びっくりした。

メンタルと認知症の関係は、昨年様々な人に聞いて回って深い相関関係があるとは思ったが、単に私が知らなかっただけなので省略する。

父が無事回復したのには、ひとえに母のおかげではある。母も昨年80歳を迎え、私も妹もやや離れて暮らしているので両親揃って、年金生活者としてまあまあ不自由なく過ごせている幸運を噛み締めている。

で、その昨年の話であるが、母から「お父さん、もしかしたらボケたかも」という連絡があり、その内容というのは誰もいないのに母のところに質問しに行ったり、夜中に近所でお世話になった人に電話をかけたりという事が重なったらしい。

で、介護調査員さんの聞き取りの際、どうも父は10代の頃に、下宿先の家主が強盗に入られて殺されたというのがトラウマになっているらしい。その恐怖体験についてはその時に知ったわけではなく、子供の頃から「お父さんはなぁ…」と聞かされていて、戸締まりと用心についての教育として聞いて以来オトナになっても何度も聞かされていたのだが、それがいわゆるまだらボケ行動の要因とは結びつかなかった。

という話を、妹にしたところ、母もそう言えば夢とウツツの区別がつかなくて、寝ている布団の足元に小動物がいる…と言い出して、これはこれで父が「すわボケたか」と思ったという話を聞いていたらしい。

で、妹と話していて、おそらく母のトラウマがネズミとかなんじゃないか、という結論に落ち着いた。そう言えば、母はまだ若かった頃にお蕎麦屋さんで働いていて、ちょっと前の飲食店というか、今も古い飲食店で働いた事のある方なら一度や二度は「ネズミとG恐怖体験」というものをしているらしい。

私は飲食店で働いたことがないが、夫が学生時代にカフェバー(年代を感じる)で働いていた時に、いくら対策してもネズミが出て、アレは本当に恐怖らしい。確かに虫よりもネズミの方が「肉体」感があって怖い。思えば家には私が好きで「動物のお医者さん」があったのだが、割と私の持ち込んだコミックを読む夫も、あれは読まなかった。二階堂のことを誰も笑えないのだ。

話が逸れたが、そういう根強いトラウマを取り払うのは難しい。今の住まいは昔と違って早々に入れるような仕組みではないし、私が憶えている限りでも家にネズミが出た事はない。しかし、父は戸締まりについては確かに用心深かったし、母はごみ処理とか掃除に余念がなかった。時代が変わって大丈夫、と思っても、根付いた不安は日常の用心にとって大事な保険になるとも言えるが、年老いて来ると妄想と現実の区別があいまいになる分、ボケ症状の発端になるという事なのかも知れない。

そういう意味では、よくオタクネタで「年取って妄想を口走ったらw」(この場合の『妄想』はいわゆる二次創作的なアレ)とか言うが、多分もっと切実なトラウマが露呈する方が先だから、そっち方面の恥を晒す事はあまりないような気がする。そもそも年取るとソッチの妄想意欲は薄れるし。

さて、そんな両親の危うい話を聞いていて「わかる」と思った時に私のトラウマになっている恐怖体験と言うのは、トイレネタだ。今だに時々、トイレに行きたいのに汚く古いトイレに行かざるを得なくて困惑する夢を見たりする。

そう思うと私がボケた時は今の両親よりも深刻な気がする。